第5代 早坂司教

カトリック教報  平成5年9月15日 

『 燈火親しむべし 』 

早 坂 司 教

 

7,8月頃の炎熱に比べれば、残暑今なお去り難しとはいえ、長崎地方でも朝夕涼風を感ずるようになった。真夏の暑気で緩んだ人の心にも体にもキリッとした、しまりを与える秋が来たのだ。

この秋に当たって、燈火親しむべしとは古人もよく言ったものだ。土曜休暇で心身の精力を鍛え上げた者は、なお更一層の馬力を掛けてこの際読書三昧に耽るべきであると思う。

しかし読書と言ってもお薦め致したいのは良書に限る事である。今の世には、殊にあらずもがなの不良書、無益な駄本がどんどん出版せらるるから読書子は注意に注意して、これ等の不良書、又は駄本に騙されて貴重な時間を浪費し、或いは善良なる脳髄を害わぬよう心掛くべきである。

我等日本カトリック教界でも近年ポツリポツリ出版事業に留意して宗教本が多少なりと刊行せらるるようになったことは喜ぶべき事である。信心上の書物、カトリック研究用の本、護教論的出版物、まだまだ不十分ではあるが年々新刊せられたり舊刻が再版せられたりする数が増してきた。

我等日本人カトリックは常々せめて有り合わせの物でなりと自分の信仰する宗教本を自分の信心を温めるためにも、他人をこの信仰に導くためにも日課として読むべきであると思う。

信心用の書物として吾長崎教区から浦上師によって本年5月ごろ舊著「聖体訪問」が再版発行せられた。原著者は有名な聖アルフォンソである。カトリック信徒に取ってはその信仰生活の中心は聖体であらねばならぬ事は余りにも明瞭である。因って聖体拝領に次いで聖体訪問という信心上の行事は頗る大事な又有益な事である。聖アルフォンソはここに観る所あって一般信者のため最も有効にこの大事な信心を普及しようとの御希望から毎日毎日の聖体訪問を奨励せられ、その日その日の訪問中の祈祷、兼黙想ようのものを物せられたのがこの「聖体訪問」である。翻訳は頗る平易鮮明で何人も一読了解し得られるようにできているのは有難い。「金玉を変じて瓦石となすの誹(そしり)」などはしたくもない。只、一月(ひとつき)31日分を毎日一日分ずつ読んでいけば左程でもなかろうが、しかし毎月毎月繰り返して読み来たり読み去ってると、何となく同じような口調が言葉を変え品を変えて循環してるようで、人によっては行文に又は題材に飽きが来ないとも限らない。これは原著者のそうした書きぶりなので、訳者の罪ではない。又、日本人の心理にぴったりしないような言い方、或いはバタ臭い修辞法のあるのも全て翻訳物という然らしむ所だ。強いて望蜀的な希望を訳者に申し上げれば「聖体訪問」であるがゆえに、その行文にも用語にももうちょっと荘厳味の欲しい点である。御聖体の御前でこれを勤読していると何となく行文が往々少しぞんざいであるような感じも時々する。なお又俗間の用語なども飛び出して来る(56項「人の心を魅(チャーム)し給う」などの例)。しかしこれ等は口語体で日本文を書く全ての人がぶっつかる難題で、ご丁寧過ぎれば冗長になるので本書の翻訳者のみの悩む苦労ではない。なお、比較的誤植の多い事殊に振り仮名に誤り多いのを遺憾とする。それにしてもカトリック的な信仰生活者には、必須の名著たるには疑いはない。殊に聖体拝領前後の感想としての「あこがれ」、告白前後の「ほのお」、聖体拝領前後の祈祷(いのり)は普通の「公教会祈祷文」のそれなどに多大の変化を与えて面白い。

次に、本年  同期にこれも浦川師の舊著「基督信者宝鑑」が第4版の銘を打って出た。本書は聖体訪問とは違って訳書ではないから非常に読み心地が好い。バタ臭い所は少しもない。また、本書の特徴はカトリック信者としての日常生活について非常に実際的な有益な常住座臥の心がけと教訓とが盛られている事である。しかもそれが一日中のためには、「毎日の心得」となり、一週ごとのためには「毎週の心得」として、日月火水木金土の七曜のためにあり、「毎月の心得」の項目には月々のため、「毎年の心得」としては年々なすべき心霊修行の事まで親切にその方法のみならず、その題材まで提供して説かれてある。(心霊修行については別に「心霊修行」として1、2、3巻まで同浦川師には精細に指導せられて著書のある事は読者もご承知の事と思う。)

そのた、信者の平生実践すべき徳行とか、不断に見聞している聖会の色々な典礼の解説とかまで頗る懇切に解り易く訓えておられるので、その益する所は甚大なるものがある。斯かる本は信者としては一人残らずその座右に一本を備え置き各自の日常生活を規矩して行く好羅針盤とし良師として味読体読すべきものであると信ずる。およそ実行の絆はない信仰は、たとえそれが如何に堅い信仰であっても結局死んだ信仰である。死んだ信仰では救霊は得られない、そんな信者は不幸者だ。我等はそんな信者が一人もなからん事を祈願する。

従って信者という信者は何が信仰に絆う実行であり如何様にせば信仰によって活きて行かれるか、実践躬行の信者たるにはどうすればよいかを学ぶがためには是非本書を精読し実際化されん事を一般信者に特にお薦めする。

 

 

カトリック教報  平成5年10月1日

『 燈火親しむべし(その2) 』 

早 坂 司 教

 

天高く馬肥ゆ、秋の空は実に変り易いかも知れぬが、惰気その物の如き真夏の後を受けて送るその秋冷は、人の心に清澄の感を与える。読書子には好学心を、信仰者には信心書愛読熱を贈る。人生の岐路に迷える者には正に信仰を求むる好時期である。信仰の人は正に信仰によって活きるべく一層努力奮励すべき好機である。

およそ超自然的に与えられた我等の神聖なる信仰も、これに順応する自然の努力と精励とによって磨き上げるにあらずんば、その光を十分発揮する事は常に困難である。我等の信仰に磨きを掛ける、もとより不純なるがためでは更々ない、只超自然の生命に自然の共力を以って培い成長発育させるまでの事である。それがためには、努力も共力も精励も要るのである。まして、先人賢人、聖者の努力の跡をも辿るべきである。その貴き経験、体験、教訓をも聴くべきである。

この意味において信者は聖書を座右より離してならぬ事は言うまでもないが、特に聖書は人の言葉でなく神の御言葉であるが故に、殊更に注意して精読、勤読、心読すべきである。一瀉千里はもとより禁物である。毎日10分、15分の熟読が、そしてその省察が、その適用が望ましいのである。一度とは言わない三度でも五度でも、いや一生涯繰り返して勤読すべきは即ち聖書である。

俗にいう「精神修養」のため我等は聖書以外に幾多の修養書を持っている。前号で信仰用の名著として浦川師の「聖体訪問」と「キリスト信者宝鑑」とを推薦したが「イミタシヨ・クリスチ」(本書はすでにカトリック側から「基督模範」、「基督模倣」などと題して二、三翻訳せられ、プロテスタントまた亂訳せるもの三、四あり。)は確かに名著だけあって、いやしくもカトリックの眞の精神を摑むには、信者、未信者に拘わらず必読の書である。「心戦」、「信心生活の入門等」の名著もすでに吾カトリック界に翻訳せられて、信心上、修養上の教科書ともなっている事は、我々日本人カトリックとして特に、訳者故ラゲ師と戸塚師とに篤く感謝する次第である。

もし夫(そ)れ秩序ある精神修養、少し専門的な信心修養を試みたいとあらば、その道の一大権威であり且つ又イエズス会の創立者である聖イグナシヨが、その範を垂れておらるるのである。昨年9月長崎教区の浦川師が「聖イグナチオの真意を汲める『心霊修行』」と題してその第三巻を出版せられたるものが即ちその役を承るべき性質のものである。

その第一巻は第一週のため、第二巻は第二週のため、その第三巻は第三週と第四週のためという風に、連続的なもので、都合全修行には四週間を要することになる。結局どちらかといえば修道者向きの本ではあるが著者の言われている通り平日の黙想用、霊的読書用ともなれる体裁のもので、全三巻を通じて千六百五十一項(ページ)という広範なるもので、他に幾多の教務を帯びて忙殺せられておらるる浦川師にしてよくこれを成し遂げたその根気と熱心さには感嘆するより外はない。勿論、師には他にも数多の著書のあることとて、これ等の全三巻が一気に成されたのでなく、その間約10年の隔たりがある。従ってその体裁においても文体においても多少の変化がある。体裁においては段々ハイカラになったと或る人は言う。文体においては、「あります。」式が現代化して「ある。」式になっている。

全体の内容は心霊修行の道程として、清めの道、照らしの道、融合の道、こういう風になっていて、これを一口に言えば修養上の第一歩として、清めの道において我々の罪悪、欠点、弱点等を洗い清めて純なる者になる事、その第二歩においては照らしの道を辿りながら、純真そのものでおらせらるるキリストに則り習って、自然と超自然的完徳に進むべき事、第三歩においては我々の魂が神と融合し、聖成の域に雄々しく邁進しその愛に打たれて愉悦と慰藉との醍醐味に完成される事を説かれてあるのである。

なお第三巻末尾には付録として、黙想の栞という項目で黙想前中後の心得を丁寧懇切に説かれ、記憶、理智、意志等の人間三大能力の運用、及び黙想の結ぶべき実たる糺眀と反省と決心等まで幾何学の定理に伴う系のように順序正しく理路整然と説明せられている。貴重なるカトリック生活の文献である修道生活に志す者は勿論、通俗の信者といえどもこれを精読したなら裨益するところ実に大なるものある事と信ずる。(第一巻と第二巻は品切)

早坂教書(1)

カトリック教報、昭和611

新年を迎えて 早坂司教

 日本国家多難の際に年も暮れて今や新年を迎えることになりました。明けて昭和6年、西暦1931年でございます。先ず恒例によって皆々様におめでとうと申し上げさせていただきます。過去1年間に於いてカトリック信者として天主様よりお受けなさった幾多の恩寵に対しては我々は皆さんと共にこの際あらためて深く天主様に感謝すると同時に、来るこの新年においてなお一層の御聖寵にあずかり我々各自の成聖浄化、霊的進歩、精神的活動、並びに対外布教伝道の成果を収め得るよう、かつまたそのために必要なる賢知、健康、その他の物質的助成をも皆様のためまた我等のためにも祈って止まない次第であります。

 顧みれば今や吾が大日本帝国は種々の国難に際会しているのでありますが、その中でも最も懸念せられ最も根底的なものは恐らく思想国難でありましょう。これに善処しようとして日本国家の上下は思想善導とか、強化総動員とか、または国民精神の作興とかいうてにわかにに騒ぎ立てるようであります。遅蒔きながら当然のことであると存じます。

 ただ我等の深く恨みとするところは政府のそのために執る手段は余りに浅薄、不徹底であり、時に矛盾の多いことであります……青年男女に対する訓練なるものはスパルタ教育の混ぜっ返しくらいが上出来のところで、しかも魂のない抜け殻の如くであり、はたから見たら示威的、野望的な軍国主義の全国的表現とも見られないにも限りません。ことに近年中等以上の各学校に公私の如何を問わず、全国的に現役武官の配属を天降り式に実行して生徒の軍事教育に当たらしめている事実と併せ考えると一層そのそしりを深めないにも限らない恐れがあります。

 学校教育に於ける知育科と徳育科の矛盾、及び修身科の不徹底、浅薄を矯正改善することなしに、ただいたずらに小学校、中等学校において強制的に神社参拝させて、国民精神の作興がこれなるものとお考えなさるとしたら、文部当局の頭脳は真におめでたいと申し上げるより外に言葉はありません。元来欲を申し上げますれば、教育から宗教を全然かつ総括的に分離したとい出発点が既に今日の思想国難の禍根であるといわねばなりません。分離と言うことは往々にして排斥に終わるというのが人間真理であり、歴史上の事実であるばかりでなく、教育の中心であり魂であるべき筈の徳育は、何々という一定の形式と信条とをもっている既成の宗教によらないまでも、せめて有神論に、否唯一神論に基づいた倫理ないしは自然神学に基づかなければ其の徹底を期待することは不可能と言わねばなりません。

 日本政府は思想善導、国民精神の作興の美名のもとに、また教育と宗教との絶対分離の方針のもとに加うるに神社は宗教にあらずの声明のもとに、小学校、中等学校に於いて神社参拝を全国的に強制している。しかも近年国民の間に危険思想、過激思想等にかぶれてくる者が多くなった事実に恐れを抱いて、ますますこれを強要するようであるが少なくとも中等以上の官公私の学校において純然たる唯物主義、無神論、無宗教主義、享楽、拝金、現世一点振り式な教育を施しているのを禁じたというためしのないないのは非常に遺憾であると思うのであります。これで国民精神の作興とか、敬神崇祖の精神の涵養とかは少しでも期待成就せらるるものでしょうか?思想善導が望まれるのでしょうか?我等から之を観ればあまりにも矛盾の多い学校教育なるかよと思われてなりません。

 このぶんで日本の学校教育が進行したら50年  ?  国民はほとんど皆無神   ?  現世的、享楽的、拝金宗、優勝劣敗、弱肉強食主義者、「力は之権利也」の論者となって、日本国家、皇室、国体、国民に取っても非常に憂慮すべき結果を来すのではなかろうかと、我等は一方ならずこれをおそれるのであります。

 政府当局もすでにこれにかんがみるところであって次第に流布しつつある幾多の悪思想に対する手段の一種として、教育家及び宗教家を網羅する一団をもって教化総動員という新運動を一昨年あたりから始めたのでありますが、遺憾ながら我等をして忌憚なく言わしむれば現在の如き種々雑多な日本に於ける宗教、黒白相反し、氷炭相容れざる宗教を統一し総合して一致協力させる何等根本的な主義方針の持ち合わせがない、また有りようがない。

 その結果は教化総動員も偏狭な愛国心、排他的な国粋主義、時代遅れな神道神国主義、是等の提灯持ちをしているに過ぎない感があり、またそれで終わるのではなかろうかと思われます。極端偏狭な愛国主義者、国粋主義者も往々にして彼の破壊的な危険思想家とその忌むべき結果を同じくするためしは我等不幸にして最近も見せつけられたところであります。

 我々カトリック教はこの際  ?  論理的に思想国難に際会している日本国家と国民に対し、先ず絶対無二全能全知全美なる神を認めよ、これに絶対服従せよ、しかしてその代理者の権利を認め、これを敬愛し、これに従順なれ、これ人の義務であり、国民の道であることを叫びたい、否叫ばざるを得ないのであります。然らば国家も安泰、家庭の平安、各自もその分に案ずることは期して、待つべきものと信じるのであります。もって新年の辞とし、併せて各位の御幸福を祈り上げます。

早坂教書(2)

カトリック教報、昭和671

長崎カトリック教報の続刊(日本カトリック新聞の長崎版として) 早坂司教

 吾人は51日の本誌において「慶(よろこ)ばしき協調」と題し、本年7月より吾が教報は日本カトリック新聞と合併して広く全日本に向かって獅子吼(ししく)せんとした事を報告し、かつまたそのために印刷も事務も発送もすべて中央出版部に移管して、万事を処理してもらう予定で、既に購読者諸君にはその旨御通知済みの筈である。しかるにその後中央出版部との熟議の結果、吾が長崎カトリック教報は日本カトリック新聞の長崎版として、そのまま従前の通り継続することになり、当初の予定とは多少の模様替えをすることになった。即ち日本カトリック新聞の地方版として吾が長崎カトリック教報は其の生命と存在とを持続し、同時に全日本カトリック出版部と歩調を共にし、協調合体、一致協同、その任に当たり広く全日本に向かって雄叫びする事になったのである。そのため今後はその内容に於いても中央と相呼応し、互助共益の形をとることであるから改善向上を期して待つべきものでありと吾人は信じて疑わざる次第である。

 なお右の如く地方版として吾が教報は従前の通り持続する関係上、会計及び発表などの事務もそのまま今まで通り、長崎カトリック教報社に於いて担当する事になっているが故、愛読者諸君にもその旨ご了承相成り、購読料のお支払い、その他の事務も教報社に関係するものはすべて長崎カトリック教報社に直接ご相談下されたき次第である。

 なおまた長崎教区内所属信者はこの際大いに奮励努力して、この全日本に向かって呼び掛けんとする日本カトリック新聞の発展及び頒布のため及び吾等の教報の進展向上のため一臂(いちび)の労を惜しまず、後援これ励み購読これ努め、もって広くこれを日本に於ける信者及び未信者間のカトリック機関紙たるの使命にいささかも遺憾なからしめられん事を切望する次第である。終わりに臨み吾が教報の生命を賀し、日本カトリック新聞の長寿を祈る。

早坂教書(3)

カトリック教報、昭和651

慶(よろこ)ばしき協調(日本カトリック出版界の) 早坂司教

 カトリックの偉大なる力の一つは共同一致である「一致は力なり」である。いずれの国民の間にも全世界的を通じて、平和的な一致、友愛的な協調の得られるのは恐らくカトリックにおいてその随一、否唯一なるものであるかも知れない。唯一の神、唯一の天啓唯一の権威を認めて、唯一の信仰唯一の道徳、唯一の群れと檻とに帰依している限りは、共同、一致、協調、融合、これ力をなして行くのは当然の論理である。

 まだ微々たるものといわねばならぬ。しかし教区を単位として各々その与えられたる畑に於いて活動している今日、しかも出版事業も信徒を牧し、また他の一面においても対外布教の力ある機関たる限りは、各教区内に各々随時出版物以外に定期刊行物が生まれて、当に所属教区内のみならず、むしろ全国的にこれを頒布購読せしめ教養しているようになったのは、これがすべきことであると思われるのである。しかしその傾向も時勢の推運に伴って月刊物よりも週刊物、週刊物よりは日刊物、大冊子物より小冊子物という風になってきた。

 先には札幌教区で「光明」を週刊物として発刊し始めたのは、日本カトリック界における週刊定期発行物としての嚆矢(こうし)である。月3回物としては東京大教区内の公教青年会が「カトリックタイムス」を刊行し、大阪教区内の有志青年会からも「神戸カトリックニュース」が生まれ、吾が長崎教区からは「長崎カトリック教報」が刊行せられるようになった。勿論その間各々にその特徴、その一長があるには違いないが全カトリック的な一般記事には、各誌各々独立して同一記事にあたるがゆえに、労力の濫費と同一記事の重複免れ得なかったのである。現に最近における現教皇の婚姻についての回勅の翻訳がそれである。

 ここに観るところあって従来公教青年会刊行の「カトリックタイムス」であったものを、東京大教区ではこれを教区直属として中央出版部に移管し、なおまた月3回物を「光明」のごとく週刊物となされたと同時に、題名も変更されて「日本カトリック新聞」と称せられるようになった……ちなみに新聞といえば自然と我々には日刊のごとく連想せられるが「日本カトリック新聞」はわずかに週刊に過ぎないことをなお遺憾とする……しかして今回一歩進んで同種同類のこれら定期刊行物をむしろ一団として全日本的に統一されるものは統一しよう、併合されるものは併合しようという発議が東京大教区から考案せられて、48日と9日全日本の各教区から各代表者が東京に集合して各々その立場を論議考察せられた結果、とりあえず「光明」とかトリック新聞」と吾が「教法」とが欣然併合することになりその他同類の他教区の機関誌も早晩追従することに意義なき模様であるとの情報がきた。これは近来まれに見る快報であり、慶(よろこ)ばしき協調である。少数の日本カトリック出版事業が教区本位にその勢力、その勤労、その経済、その効果を分離してますますその力を微弱ならしむるよりも、ここに一大団結して「共同一致は力なり」の美をなすは出版事業の勢力を拡大し、その勤労を節約し、その経費を緊縮する上において益するところ多大なるものありと信じる次第である。吾人はこの協調によってその生命もその面目もその勢力もまさに更始一新せられんとする吾「日本カトリック新聞」にさらば幸あれと切に祈るものである。…ちなみに愚考す、この一大新機に際し従来の習慣と連想による迷誤をきたし衆耳に添わざるという名称を週刊である限りは改めて「日本カトリック週刊」と改題せられては如何やと思う……

 ただこの際吾人の中央出版部に要望して止まざる諸点、聴かなきにしもあらずである。

(1)全日本協調のもとに一新せんとする事業の性質上、かつは現在のところ、週刊とはいえ新聞という性質上、編集主任に適任その人を得ることとしかもその専任なることで兼任の不可なることである。人力には元来限りがある。時間においてもしかりである。人材とその道の人とはなお不足する日本のカトリック界とはいえ、かかる事業に兼任もってこれにあたらしめれば、自然その勢力において時間においても早晩行き詰まりが生じて、その時その場を湖塗しさるの弊にだしやすきは道理と経験との吾人に教えるところである。なおまたこの編集主任は俗人にあらずして聖職者たること、外人に非ずして邦人たるべきこともほとんど必須条件といって可なりであろう。

(2)発送主任を設けること、煩瑣(はんさ)なる発送部は仕事の分担を余儀なくせしむることは論を待たざることであるが、ここに主任が存在せざればおうおうにして混雑重複を来すのみならず、絶えず購読者の住所の変転発送部類の変更、購読者の増減等よりきたる異動のため、発送上の誤り、遅滞などの生じるあって読者の信用を落とすものである。

(3)会計主任をおくこと、ただしこれは発送主任兼務しえることと思う。またその内容についても

(A)あまり舶来品の記事のみタップリたらざること

(B)ある特殊の記事を除きてはできるだけ続き物を避けること

(C)対信者的記事のみならず、対未信者的記事を豊富にし、現今の日本における大衆および学生等に広く呼びかけること

 その記事の正確敏速、ニュースの日本的、世界的たるべきことは事業の性質上自明である。

 なおまた記事の範囲と種類、行文の平易、全国へ通信網を張ること等々はすでに出版協議会の議題の内に数え上げられてあったことであるから吾人は今更これをくり返すの要を見ない。いずれにしても変中協あり、化中調ありということは慶ばしき現象であるに違いない。

 いざさらば前途ますます多事多難なる日本思想界に日本カトリック出版界よ、自重せよ、奮励一番勇往邁進せよ、大同団結協調共勤、全日本カトリック化運動のために飛躍せよ、一大雄飛せよ、しかして永久に幸あれ。

早坂教書(4)

カトリック教報、昭和6年9月1

県議の選挙に際して

 925日には吾が長崎県においても県会議員の総選挙が行われるはずである。この際我々カトリック信徒は少なくも県下に6万の数を数える限りは全然無関心ではあり得ないのである。

(1)明治大帝の5箇条のご誓文にもあるとおり万機公論に決すきょう今日にあってことに不選の実行せられている現在にあたって、政治というものはその1国、1県、1村のいずれにもせよ、我々民衆と没交渉ではあり得ない。ことに我々カトリックにとってはただにそれが現世的物質的方面ばかりでなく、精神的信仰的立場にとっても往々重大密接な関係をもつものである。

 「信教の自由」が憲法によって保障せられている現代においてさえ、往々にして少なくとも我が長崎県内においては我々カトリックがこの与えられたる自由を主張し、擁護し、絶叫せざるを得ざる場合さえもある県内における政治の運用がそのよろしきを得ないことがままあるからである学校における神社参拝の強要の如きはその一例であろう。

 (2)3百年来の迫害地の総本山とも言えば言われる我が長崎県では、同じ日本でもよそでは滅多に見ない、我々カトリック教徒に対するある一種の誤解と偏見、並びにカトリック教そのものに対する無知と嫌悪、およびある一種の迫害が行われることさえあるのである。憲政治下における矛盾であり、文明国の暗黒なる半面すなわち野蛮である。

 (3)しかしかかる罪の1半、少なくもその幾分は我々カトリック信徒がその責を負わねばならぬ……(A)県下における我々カトリックはあまりにも消極的であり退嬰的であった己が宗教を真とし、己が信仰を是とする者としては、もう少し積極的に己が象牙の牙城より進出してこの真この是を他に向かって発表すべきであった。雪の下に深く埋もれて隠れておった冬眠時期、迫害時代は、とうに過ぎ去ったのである……()我々カトリックは従来あまりにも自主的であり独助的であった。自分さえ助かれば式の利己的な点は愛徳を信仰生活の生命としているカトリック教の精神とは本当に縁の遣いものである。しかるにもかかわらず約6万の信徒を有している吾が長崎県内の布教成績、末信者の改宗という点が1年間にわずかに123(昭和6年6月30日調べ)というみすぼらしい数を見てもいかに信徒全般の布教熱がたりないかが伺われ、自主独助の狭域を脱してこの真この是この道を衆におよぼすようカトリックの生命たる救霊上の愛徳を実現する精神に欠けているかが推断せらるるのである……()県下におけるカトリック信徒の或者には信仰生活の実際化に欠如としている点が往々にしてある。朝夕の折り、日曜祝祭日のミサ拝聴等、信心生活の比較的上成績なるものさえ、その信心の日常生活に具体化さるる方面、その信仰生活が日常行為に表現され体得され、職業化され社交化され国民化される点においてなお望ましきあるものが残され忘れられ、怠られていることがある。ひっきょう是にして真なるカトリック教徒としては今なお具体的並びに実際化せられたる家庭人、、社会人、および国民として一律に上成績とは不幸にして、いいがたき経路にある者もあることはすこぶる遺憾とする次第である。

(4)如上の理由はしかし我々カトリック教徒の負うべき罪の1半否なホンノ幾分に過ぎないので、その大半は日本国民と特に長崎県市町村民のカトリック教に対する純然たる無知が生んだ盲目と悪魔がためにするところの奸策(かんさく)に過ぎない。

悪魔は県民120万に対するカトリック信徒6万、20人に対する1人の日本随一の県下におけるカトリック教の勢力を嫉妬なしに憎悪なしに見られない、これがほとんど他県では見られない長崎県内におけるカトリック教に対する暗々裡の迫害、昭和の聖代にはあまりにも矛盾せる野蛮行為の原因である。

(5)せめて我々カトリックに対する県民の誤解を解こう、否カトリックは天下の公教であり、日本の公道であるゆえんを示そう。悪魔の奸策には善き戦いを戦う、これが現下における長崎カトリックの覚悟であらねばならぬ。幸いに県下に向かって釈明し、代弁すべく我々カトリックにも県会議場がある善き戦いは戦えば戦い得るのである。物質的利害得失をのみ議するのが議場であるかのごとき考えはすでに時代遅れの骨頂である……政治が宗教的信仰と没交渉であると考えるごとくに。

(6)県民120万に対する県議38人は、6万カトリック教徒に対する少なくとも2人のカトリック県議なかるべからずと、数において我等に警告している。既往における38の選良が少なくとも我々6万の県下におけるカトリックの神聖なる信仰の立場の代弁者でなかった限りはまたしかありえない限りは、この際県議の総選挙にあたりて少なくも2人の県議を我々カトリックより議場に送り出して県民一般に対し我々カトリックの信仰の立場を釈明し、投げかけられたる誤解偏見謬想ざんふを解き、正々堂々の陣を張って善き戦いを戦いもって善処するのが我々6万県下のカトリック教徒の権利であり義務であると思う。

(7)要は我々6万カトリックの共同一致にある。国法を重んじて買収せられれず、棄権せず、私情私利を捨てて信仰第一によって活きるのである。政党政派は超越して「神の口より出ずる総ての言葉によって活きる」にある。今や戦機は熟した。象牙の牙城より出て戦うべき時である「信仰の善き戦いを戦い生命を獲得すべき」時は来たのである。カトリック国においてすら信者が眠っていると往々にして悪魔的な迫害が来る。近くはメキシコおよびスペインがその例である。吾が長崎にあっては3百年間信者は眠っていたのではない。隠れていたのである。隠れている時には眠る余裕はない。明治以来は隠れる要もなくなった。泰平の時機が到来したのである。これがかえって油断と眠りの魔の時である。我々は覚醒しなければならない。積極的に目覚めて奮闘しなければならない。御国の来たらんために、御旨の地上に天のそれの如く行われるために(1931824日)

カトリック教報、昭和61115

アクショ、カトリックについて

 人に最も貴重なるものは信仰である。しかし如何なる信仰でもというのではない。真の神に対する正しき活きた宗教的信仰を言うのである。

 かかる信仰は倫理道徳の基礎をなすものであり、またその上にあってこれを照らし導くものである。

 かかる信仰に基礎を置かず、またこれに照らされ導かれざる修身、倫理道徳は、如何なる賢哲の教えにせよ結局不完全、浅薄皮相、往々にして誤謬でさえある。

 信仰の基礎を天啓に置く吾がカトリック教はごうごうたる人間論説の産物たる世間一般の倫理道徳ないしは宗教界にあって、斬然頭角をあらわし、変異の中に魏然たり迷蒙の中に昭乎(しょうこ)たるのは理の当然である。ひっきょう真の神の御言葉より真なるものはないのである。

 カトリック教が初めて日本に宣伝せられて以来、今年で382年になる。その間300年の凄惨たる世界無比の迫害が続いた。しかし武士道によって、鍛え上げられた日本人の魂が、ひとたび真の信仰、永遠の命を与えるカトリック教によって純化された限りは、生命財産への肉体的物質的脅威に挫折するものではない。幾千幾万の尊い殉教者を生んだ、英名を万世に伝える聖なる致命者は我々日本人の間にも生まれた。されど暴戻(ぼうれい)なる迫害者の刃は地に墜ちたのである。

 明治の御代、これは確かに日本史における空前にして或いは絶後の聖代である。これを対外的にまたは宗教的にみるときは、まさに煌々(こうこう)たる光明、魏々たる真理と正義との勝利の時代である。異端邪宗せられたるカトリック教、謀反の子、反逆の宗徒、非国民として血で罰せられ、死んで罪せられた信徒の義とせられて憬仰せられるまさに明代である信仰の自由の世界に向かって宣言せられ、カトリック教のまさにこの日本に於いてただしき宗教として容認確保せられた、日本宗教界史における各時代的明代である。

 300年の血と死との迫害を通して再生した日本におけるカトリックは、現在のところ少数であり微力である。しかし光輝ある過去の歴史と共同一致、人類救済の大使命に勇奮するの意気と覚悟とをもっているのである。日本のはえある国体を擁護し、国民の思想善導に先駆者たる自信と霊力とをもてるものである。

 今や日本はまさに思想国難の秋である。カトリックの信仰その霊力が吾が国民の魂に徹底しないからである。多数日本人の理性と意志とに諒解、体得、抱擁せられないからである。

 この秋にあたりて我々日本人カトリックが少数なりといえども、協心りく力天下に向かってその霊力を宣伝波及し、或いは思想善導に、或いは社会事業に或いは己が信仰の琢磨に或いは教理の研究に克く努め励まんには、その効果は当初は勿論微弱なりとはいえ、年1年とその勢力増進し対内的にも対外的にもみるべきものがあると信じるのである。要するに総ての行動には中心と一致共同とが肝要である。カトリック信徒運動には己が所属の教会を土台とし、主任司祭を中心として共同一致するにある。しかして体内対外のあらゆる運動に主任司祭を指導者と仰ぎ、所属教会を中心として一致の行動をとると同時に、各所属教会が教区を1単位として共通の利害関係にたって一大団結をなし共存共栄をはかると同時に共同戦線に進出して常に歩調を、行動を、活躍を共にするのである。

 今や世のあらゆる事業は大衆の一致共同の力と、大衆の総和併合の働きに待たざるものはない。分業と統一、所属教会と教区、因子と総和、他は根気強く勇敢に邁進して終わりまで続くにあるのみ、吾人の期待するアクショ、カトリックはこの意味方針で生まれ育ちかつ活動すべきである。幸いと健在と祝福と成果と豊かに恵まれよと祈る。(19311030日)


  
   
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